死ぬまでにしたいいろんなこと

墺太利(おーすとりあ)滞在6年

2022年のまとめ

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

毎年12月に書いている今年のまとめですが、仕事に追われているうちに新年を迎えてしまったので、いまさら書こうと思います。

 

1月

まだCOVIDの影響で本職(コンサート関連)が突然キャンセルになったりしていた頃なので、パートタイムのサービス業とダブルワークしておりました。親にたてかえてもらっていた大学の学費を返金、無職の夫を養いつつ、健康と丈夫さが命だから!とワークアウトとダイエットにも励んでいる様子が見られます。健気だな!

 

2月

いい加減経済的戦力にならない歴が4年を超えようとしていた夫に対するイライラと、わたしってそんな大切にする価値のない妻かいなという悲しみと過労と胃炎で割とボロボロでしたw でもワークアウトはちゃんとやっとるよ、健気だな!あとお菓子を焼いて同僚にあげたりしている過去の自分にびっくりです、どんだけ体力と気力があるんだ。

この辺りから日記を書く気力も失せてきたと見え、あまり記録も記憶も残っておりません・・・

 

3月

「ひとりで何もしないでいると勝手に涙が出てくる」などという日記が残っているため、夫のことで相当に追い詰められていたようです。何も考えないで済むから、などと仕事をしまくっていたら、追い詰めメンタル+過労で仕事中に燃え尽き症候群のような状態に陥りました。

仕事中に「yamori、すごく悲しそうだけど大丈夫?」と声をかけてくれた仲良しの同僚女性2人のおうちに遊びに行って、初めて自分と夫がどういう状態であるかを他人に話しました。

そのうちの一人がわたしの話を聞いたあと、

「ねえyamori、アイス食べにいこっか」と言ってくれて、車で暗い田舎道をスーパーまで走って、二人で車の中でアイスをかじりながら色んなことを話しました。

COVIDの前に一緒に仕事していた時も、この同僚と私は何か辛いことがあると、一緒にアイスを食べにいって、まるで何も辛いことなんてないふりをして、おいしいねえ、太っちゃうね!と笑いあうのが恒例だったのを、

彼女が覚えていてくれて、以前のように静かに寄り添ってくれたのが本当にありがたかったです。

 

4月

ついにきちんとしたワークアウトをやめたようです。ヨガや軽めのものに変えたもよう。今までよう続けてきたな・・・すごいぞ過去の自分。

引き続き仕事をしてれば大丈夫だけど、ふとした瞬間にひとりになると追い詰められて絶望するみたいな状態だったようです。COVIDの影響がほとんどなくてもまだまだダブルワークしていましたが、精神状態が悲惨なのに両方の職場でとっても高評価という皮肉な状態でした。

 

5月

今まで人に親切にしてきたり、人との縁を大事にしてきたり、仕事を頑張ってきたり、色んな方面に気を使ってきたりした結果が出始めてきたというか、実感してきた頃でした。

以前一緒に仕事したアーティストから仕事の依頼が直接入ってきたり、会社から本社勤務にして給料上げるから他で働かないでね!と言われたり。

なんかもうこのまま贅沢しなければ、ひとりで欧州で幸せに相応に生きて死ねるんじゃない?と実感しはじめ、夫のお荷物感がマシマシになってきたので、別れる準備を着々と進めておりました笑。

 

6月

ついにCOVIDの毒牙にかかりました!症状は咳と鼻水と高熱と関節痛と頭痛っていう、インフルみたいな感じでした。2日間寝込んで3日目にはまあ鼻水でるし声枯れてるけど普通に生活できるよ、っていう感じ。ワクチンも3回接種してましたし症状自体は大したことなかったです。後遺症は、発症から1週間くらい、オレンジジュース以外を口が受け付けないという謎の味覚障害がありましたが、それもすぐ治まりました。

むしろ仕事を休まざるをえなかったのが非常に良くてですね。

私がいなかった週のイベントの現場が大変だったそうで、わたしがどれだけ多方面、チームの垣根を越えて人を手伝いまくっているかが明らかとなりまして、会社からは改めて感謝を述べられ、さらに今まで私のことを明らかに毛嫌いしていた同僚ですら私に対する態度が変わりました。

 

7-8月

2ヶ月住み込みの現場に飛ばされておりました。大変だったけど楽しかったです。日記を見るとワークアウトを再開しているもよう。どんだけ強くなりたかったんだ。

 

9月

日本へ帰国。両親を旅行に連れて行き、友人を訪ね、国内線を週2回使うという移動っぷり。夢のような日々でした・・・一応学費を返済という名目で両親に送金していたのですが、そのお金で新しい洗濯機と炊飯器を母が買い、父はずっとやりたかったソロキャンプ用品一式を買ったそうで、それを見た時、私の存在が少なくともこの人たちにとってただの負債ではなかったことを自分に納得させることができたというか。だいぶ肩の荷がおりました。これからもがんばっちゃうよ!

住み込みの現場と日本帰国を終えてウィーンに帰ってきたところ、夫の経済的事情が突如として好転しておりました。よかったね。

残りの1週間で引越しの荷物をまとめました。段ボール8つに詰めることができた私の人生。同僚がバンを運転して迎えにきてくれて、しかも頑なにお金は受け取らないと・・・涙。ガス代は払いました。あと高い日本のウィスキーをプレゼントいたしました。

夫とは、遊びに来てね!遊びに来るから!みたいな感じで別れました。軽い。

 

10月

新天地ドイツど田舎シェアハウスに引っ越しました。お給料も上がってポジションもどんどん自分のやりたいものに。仲良し同僚との同居も超楽しいです。ただ新たに私の人の良さと勤勉さを利用してくる輩が出現して、人との摩擦が格段に増えたと申しますか・・・人間関係の新たな波の中におります。

あとは仕事が忙しすぎて全ての善きルーティーンを放棄いたしました!

(語学学習、ストレッチ、ワークアウト、食事管理、日記)

 

11月

インスブルックでの仕事のついでに夫のいるウィーンのアパートに帰りましたが、まあそんなもんだよねっていう感じでした。もうわざわざ会いには行かないかなあ・・・ウィーンで仕事がある日以外は。仕事ちょっとでも穴を開けたくないし。何が嫌ってタバコの匂いがする部屋でもう眠れないのですよ。同居してた時は慣れちゃってましたし、他に選択肢がなかったので。もし会いに行くとしたら次は私はホテルを取りますw

 

12月

今まではずっと裏方だったのですが、ずっとやりたかったパフォーマンスの仕事に挑戦させてもらえることに。目下練習中でございます。シェアハウスでのクリスマスや誕生日もとても美しい時間を過ごしました。

 

次は目標達成の確認。早くしないと1月が終わる・・・!