先週1週間ほど、イタリアの友人マリアの実家のイベントを手伝いに行っていた。
マリアは8年前、仕事で知り合ったイタリア人の30歳の女性アーティストで、物凄い才能もあって家族の後ろ盾(パフォーマー・アーティスト一族)もあってえらい美人で性格も良いという、天は人の上にも人を思いっきり作りたもうた!とシャウトしたくなるような子なのだが、私のようなちんちくりんの何かを気に入ってくれて、それからも定期的に仕事で顔を合わせているうちに、いつの間にか友達になっていた。
彼女の実家はイタリア北東部の都市フェラーラから車で30分ほどのところにある、代々続く兼業農家で、広い敷地と古くて巨大なお屋敷を利用して夏はお祭り・イベント会場として貸し出すことが多いそうで、そのうち彼ら自身が主催のお祭りの一つを手伝ってきた。
私がイベント運営会社を辞めると決めたタイミングで、マリアの実家の会社も取引をしばらくお休みすると決めたので、しばらく会えないし、前から遊びにおいでと誘われていたので、仕事を手伝うかわりに衣食住のお世話をしていただくことになった。
最初は「手伝いって言っても遊びに来てくれてるんだから、無理に働かなくていいんだからね?」などと言われていたが、ちょっと前に主力の従業員がやめてしまったとかで人手が足りなく、思った以上に働かされたw 重機が運転できると農家とイベント、両方で重宝されます。
灼熱35度の中、ノースリーブにショートパンツで屋外設営などやっていたら、猛烈に日焼けして蚊に刺されまくった上に虫除けスプレーにかぶれたか何かで、腕と脚に物凄いかゆい湿疹が出たのを除けば、割と楽しい滞在だった。
(後で医者に行ったら「日焼けによる軽度の火傷と何某かのアレルギーと接触性皮膚炎の混合」と言われて、大人しく抗ヒスタミン剤と冷却保護ジェルを塗っている)
イベントが終わった翌日、マリアとその友人ふたりと私の4人で、フェラーラの街まで出て彼女のお気に入りのピッツァリアとアイス屋をはしごして、夜の街をぶらぶら散歩した。
フェラーラは小さいけれど中世の雰囲気を色濃く残す街で、学生の街でもあるそうで、観光客スレしていないというか、清潔でアートを愛する感じが伝わってきた。
ここでマリアがどんな子かを書いておきたい。
マリアは17歳の頃にパフォーマンスの仕事を通じて知り合ったスペイン人の男の子と大恋愛して、10年付き合って同棲もして誰も彼も公認している状態で、修復不能な破局を迎えて以来、真剣な男女の付き合いは当分まっぴら、という状態がここ数年続いている。
マリアの元彼のことは私も彼女に会った当時から知っていて、一緒に仕事もしたことがある。彼は寡黙でパフォーマンス一筋みたいなところがあって(しかも天才)、家族とマリア、一部の友人以外とは話しているところを見たことがない。マリアを心底愛しているように見えたが、実際は親しい人にほど難しいところを押し付けてしまう内弁慶というか、ボーダーライン的というか、非常に困難な性格の人物だったらしく、彼女を突き放しては思わせぶりな態度を取り、彼女が戻ってくるとまた突き放すということを数回繰り返したのち、マリアの方から立ち去ったのだった。
別れる別れないの嵐の中にいた当時のマリアは、仕事場ではそんなそぶりを一切見せず、鈍感な私は一切気づかなかったし、私もマリアもプライベートの悩みを話すような間柄ではなかった。他の人から彼らがうまく行っていないという話を聞いた後も、彼女の美しい気丈な振る舞いを、鼻を突っ込んで嗅ぎ回って汚すようなことはしたくなかったので、何も聞かなかった。
それがどんなタイミングだったか忘れたが、仕事場の隅っこで二人で話していて、愚鈍な私が「あれ、明日帰りの飛行機イタリア行き?今実家帰ってるの?」などと聞いてしまい、マリアがごまかしもせず微笑みすら浮かべながら「彼に家を追い出されて実家にいる」と言ったのだった。私が言葉を失っていると、
「彼は私の理想の男性だし、もうこの先彼以外の男性を愛せないと思う。でも、もう彼と一緒にいてはいけないというのもわかっているの」
と言いながら顔を背けた彼女の左頬に流れた涙の美しさと悲しさを私は忘れないと思う。
振り返った彼女はいつものキュッとした顔で笑いながら、
「yamori, 男なんてみんなクズよ!」と冗談めかして言った。
それからなんとなく、ふとしたときに自分が考えていることや何か、仕事上の連絡とか世間話よりちょっと踏み込んだことを話すようになった。仕事場でマリアの他に同じ歳くらいのイタリア人とスペイン人の女の子数人が集まるグループがあって(私たちはそれを"Las Chicas"="the girls"と呼んでいた)、そこにお呼ばれしてご飯を食べに行ったり飲みに行ったりした。
そうこうしているうちにマリアの笑顔が増えて、美しいけれどさみしそうな影も薄れた。それでもいまだに何かというと、
「yamori, 理想の男なんてこの世にいないのよ!」
と言ってニカっと笑う。
そう、それで滞在の最終日、フェラーラの街をマリアとその2人の友達(そのうちの一人は las chicas の一人で、私の友達でもある)とふらふらした。ピザとアイスで満腹で、ビールも入って、夜の街は昼の暑さが嘘のように涼しくて、私たちは雰囲気のいい場所があるとセルフィーなんか取りながら、「we deserve this!!」と言い合った。だって私たちはこんなに「いい子」なんだもの。
なんだか雰囲気のいい、赤レンガの壁に囲まれた吹き抜けの中庭で、他の二人がカメラの角度の調整に夢中になっている時に、マリアと話していて、このところ夫とのことで色々思うことのあった私は、
「こうやって頑張り屋さんの女の子たちだけと住みたいわ、男より清潔だし、よく気付くし、臭くないし」とできるだけ冗談めかして言ったのだった。マリアが
「そうね、yamori、でも、 there is no perfect...」と言ったのを、
「no perfect relationship?」と私がつい彼女をさえぎって言葉を引き継いでしまうと、彼女は
「yes, that's right too...but I wanted to say, "There is no perfect life".」
と、以前見たことのある悲しそうな微笑みを浮かべながら私の目を見ずに答えた。
黄色っぽい街灯に照らされてぼうっと浮かぶレンガのテラコッタ色と、彼女の豊かなブルネットの髪(元彼の好みでずっと腰まであった髪を、そういえば彼女はバッサリ肩下までで切っていた)のコントラストが余計に悲しさを強調していた。
こんなに完璧な彼女に、「there is no perfect life」といわしめる世界の残酷なことよ。
帰りの飛行機の中で、ずっとこの「there is no perfect life」をガムみたいにかみしめて帰ってきた。そうでもしないと、自分の完膚なきまでに不完全なライフに戻って来られない気がしていた。
帰ってきて1週間経つ今日も、私はこの言葉をかみしめている。そしてしばらくより長い間、この言葉を必要とするだろう。
There is no perfect life.
There is no perfect life.