死ぬまでにしたいいろんなこと

墺太利(おーすとりあ)滞在6年

ただの日記。飛行機雲・ほうじ茶・新しいテレビ

今日も天気がいい。空を見ると、すでに時間が経ってぼやけてしまった飛行機雲が、2本視界を斜めに横切っている。ロックダウン前に比べれば、非常に少ないのかもしれないが、以前そんなに意識していなかったので、比較のしようもない。

 

今日はこれからマカロンを作るつもり。フレーバーは、柚子と、ごま。

最近は和風フレーバーの研究に凝っている。

 

自宅待機に伴う運動不足とそれに従う睡眠不足を懸念して、ロックダウン開始後から、カフェインの摂取をほとんどやめた。時々、どうしてもお茶が飲みたくなる時があるのだが、そういう時は、午前中ならOKとしている。

 

今日がその「時々」の日で、たまに飲むほうじ茶のうまさよ

 

ふと思い立って日本の両親に電話をする。

ロックダウン生活を快適にするために買った新しいテレビを自慢された。

・・・元気そうでよかった。

 

ずっとこんな平和な日々が続けばいい。

それは無理なのはわかっているけど。

ダメ人間に戻りつつある

先週、足を痛めてから完全に生活のリズムとバランスを失っております。

 

まだ歩いても少し痛いし、違和感もあるので、仕方なくジョギングはお休み。

 

そしたら、朝一で流れ作業のように行っていた、筋トレ→ジョギング→ストレッチ→シャワー→朝ごはん→語学の習慣がガッタガタにくずれまして、

 

体重は増えるわ何に対してもやる気はなくなるわで大変困っております。

 

もうね、運動とかどうしてあんな辛いものが1ヶ月もできてたのかわからない。

 

今朝はかろうじてヨガはやる気になったけど、片足で立つ「立ち木のポーズ」っていうのがあるんですが、あれができなさすぎてフラッフラになる自分の情けなさに耐えられなくなって中断っていう。

完璧主義よくない。

 

もう少しいろんなハードルを下げて、規則正しい生活に戻っていこうと思います。

 

 

 

 

 

自宅待機が1ヶ月を過ぎました、そしておそらく半年を超えるでしょう

自宅待機が8月末まで続くことが決定したので、もうタイトルに自宅待機日数のカウントアップを書かないことにしましたw

 

わたくしイベント関連会社勤務なのですが、オーストリア政府が8月末までの大規模イベント開催を禁止したため、割と大掛かりなイベント担当の私、自動的に8月末までほぼ出番なしに。そして例年9月もそんなに必要とされないので、おそらく復帰は10月ごろになると思われます。

 

とりあえず解雇にはならないため(政府からのイベント系会社に対する支援金は、社員を一人でもパンデミックを理由にクビにするともらえません)、最低限生活できるだけの収入は入ってくるのですが、それにしても暇なので、バイト探し中です。

 

3月の時点で、流石にここまでは想像していなかった・・・

 

そしてここ最近の生活について。

 

つい先週、ちょうど自宅待機1ヶ月に達した頃、足首からかかとのあたりを傷めて、毎朝の3kmジョギングを中止せざるを得ない状況に。調べてみるとどうやらフォームが悪くて、後脛骨筋の腱に負担がかかっている模様。

 

・・・大した距離でもスピードでもないのに!

たかだか健康のためのちょっとしたジョギングで故障するって!皮肉すぎる!

 

それで、なんだか緊張の糸がぷつっと切れてしまって。

ロックダウン開始時から、生活のリズムが崩れるとやばい、というのはわかっていて、あと私の場合、太ると精神状態が非常に悪くなるのもわかっていたので、とにかく運動と健康的な食生活を義務化・習慣化することに一生懸命だったわけです。

毎朝起きたら筋トレして、3km走って、ストレッチして、シャワー浴びて、朝ごはん食べて、語学やって、休憩して、お昼の買い物に行って、お昼作って、食べて、語学やデスクワーク、または片付けや掃除をして、また運動して、夕ご飯食べて、語学やって、読書して、寝る。

っていうことの繰り返し。さすがにそれも飽きてきたなー、何か刺激が欲しいなー、と思っていた矢先に足を痛め、そこから3日間ぐらい、リズムを崩してグダグダになりました。運動もせず、語学もせず。まあ、夫の家族の誕生日に行っていた日もあって(現在は少人数であれば家族で会うのは許可されています)、全く時間を無駄にしていたというわけではなかったのですが。

今日はなんとか持ち直して、走る代わりにヨガや筋トレを多めにやって、語学も少しできて、やっと元のルーティンに戻ってきた感じ。

とはいえ、なんというか虚無感というか空虚な感じがずっと続いています。

何をしてもどうせ無駄だし、みたいな・・・

 

 

何か気分転換をしたいところですが、お店は開き始めたものの、この1ヶ月の軟禁生活およびそれに伴って行った片付け・断捨離マインドにより、すっかり物欲が失せました。節約にはいいのですが。

 

屋外のだだっ広い公園か何かに、運転の練習がてらピクニックでもしに行こうかと思います。

自宅待機30日目:さすがに飽きてきた

オーストリアでは今日から、屋内店舗面積が400平方メートル以下の小売店が、入店人数制限付きで再開した。よかったよかった。

 

が、私はこの1ヶ月に渡る自宅待機期間ののちにも全くもって購買意欲はなく、特に必要なものもないため、変わらずスーパーとドラッグストアに用がある時だけ寄る、変わりない生活を送るであろう。

 

ウィーンはすっかり春の陽気で、日が出ている間はもうジャケットはいらない。

夫が今年、春用にとプレゼントしてくれたかっこいいトレンチコートは、出番がないまま秋を待つことになりそうだ。

(そもそもオーストリアは春と秋がとても短いので、中途半端な季節のおしゃれは非常に難しい)

 

今日はカレー粉でカレーを作った。私は「日本のカレー」が食べたいのに、どうしてか作るとスパイシーで酸味のある「本格派っぽいカレー」になってしまう。

じゃあ日本産のルーを買って作ればいいかというと、なぜかあのルーを使ってパッケージの通りに作っても「日本のカレー」味にならないのだ。

他の料理はそんなに下手ではないと思うが、カレーだけが何故かうまくできない。

なんでだ。

 

この隔離措置のおかげで気づいたのだが、今までは、勉強するときとか、集中して読書したいときに、よくカフェを利用していたのだった。

待ち合わせにわざと早くついて、カフェでお茶をしながら、何か書いたり読んだりする時間が好きだった。

 

こればかりはいくら家が片付いて過ごしやすくなったとはいえ、代えられるものではない。

 

隔離措置が終わったらまず何をしたいか?と言われたら、なんと答えるだろう。

 

友人や親類と会った時に、キス(※)やハグをしていいのはいつからなのだろう。

呼吸器疾患があってハイリスクグループの義母はいつになったら「安全に」お散歩ができるようになるのだろうか。

それは「隔離措置」の終焉と同時に「はい、今から、どうぞ!」はっきりとやってくるわけではない気がする。

 

だったら、私が一番したいことは、

「カフェでひとりでぼーーっ、とする」

ことだと思う。

 

オーストリアでは親しい友人や親類は、ハグをして頬を2回くっつけあい、唇で「チュッ、チュッ」と音を出してキスみたいな感じで挨拶します。

個人的な経験では、イタリア人はまじで唇を頬から首にかけてくっつけてくることが結構あるような気がしますが、オーストリア人ではまれです。

どっちのやり方にしろ、そりゃウィルス もうつりますわな。日本はそこのところ感染症のコントロールに関しては結構アドバンテージがあるのかも。

 

自宅待機25日目:COVID-19 対策では"一歩先"らしいオーストリア

先週からオーストリアでは新規COVID-19感染者数が頭打ちになり(それでも200~300/日)、心配していた医療崩壊の危機は今のところ避けられている模様。8日の発表では5月半ばからスーパーマーケット以外の小売店も人数制限およびマスク着用などの規制付きで再開するとのこと。もちろん全ては段階的に行われ、いざとなったらまた厳しい規制に戻す用意があるという前提つきで。

オーストリアは欧州各国の中ではまだ感染者がそんなに多くない時点で国境を封鎖し、けっこう厳しめの隔離措置をとり、感染者をうまいこと抑えたということで評判らしい(デンマークオーストリアと同日に厳重な規制措置の緩和開始の日程を発表した)。

未だ規制緩和の目処が立たないドイツのメルケル首相の発言、

" Österreich sei in der Pandemie Deutschland "immer ein Stück voraus" gewesen.

オーストリアパンデミックに関して、ドイツよりいつも1歩先にいた)

が、ドイツに対してライバル心のある一部オーストリア国民の心をくすぐったようで、けっこう大きなニュースになっている。

 

でもこちらのサイト(https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/index:札幌医大がボランティアで作成している。人口当たりの感染者数と死者数を国別に表示・比較できる)で調べたところ、人口当たりではオーストリアの方が感染者数も死者数も若干多いぞ・・・?

まあ、ドイツは大きな国で、色々なことの予想や対応がそれだけで難しいし、しかも州ごとに法律が違うのだから、一概にどっちがどうだとか言えない気もする。この辺り、ドイツ語での情報収集がまだ私には難しいので、正確なことを言えないのが悔しい。

 

日本でも一部地域で隔離措置が始まったというが、強制ではなく要請であるらしい。

 

ロックダウン歴ほぼ1ヶ月の先輩(?)から言わせてもらうと、ロックダウンはそんなに悪いもんじゃない。当面の生活費が保証されていれば。

 

このロックダウン期間中に、ふだん苦手で後回しにしていた大掃除&片付けを毎日少しずつ進めていったところ、今や快感になりつつあり、家が相当快適になった。

(昨日はガスオーブンとトイレをピカピカに磨きあげた)

 

運動不足を懸念して、大嫌いだったジョギングを始めた(近所のウォーキングおよびジョギングは許可されているので)。もう3週間ほど続いている。他にも家でできる運動を色々調べ、筋トレ・ヨガ・ストレッチ・ダンササイズなどを組み合わせ、毎日やっていたところ、相当体調が良くなった。あとお腹が引き締まってきた。

 

同じく運動不足による体重増加を懸念して、食生活を見直した。食物繊維をたくさん摂るようにし、塩分の取りすぎに注意し、何気なく食べていたおやつを制限し、市販品の甘いものをやめ、食べるものは全部自炊するようにした。ものすごい快腸になり、味覚も敏感になり、新鮮な野菜や果物をより好むようになった。

 

色々将来について考えることができる時間が増えたので、より目標やそれに必要な行動が明確になった。

 

一日中一緒にいても全くストレスにならないし、楽しく過ごせる夫に対する感謝もより感じられる。

 

でも、以上のメリットは全て、経済的に逼迫していたらそれどころではなくなる。

 

お金は全てではないが、ほぼ全ての行動を支配しうる。

世界の貧富の差に想いを馳せるようになったのも、ロックダウンの影響によるところが大きい。

自宅待機20日目:ちょっと疲れてきた

明日で自宅待機3週間目が終わる。自由にどこかに行けない閉塞感がつもりつもって影響しているのか、ここ数日、身体が重い感じがし、運動するのもだるかったり、精神的にもいまいちやる気が出ない。とはいえルーティン(最低限の運動と語学学習)は普通に行えている。

 

日本にいる数少ない友人からは、お肉券やらマスク2枚/世帯という、え?エイプリルフールとかじゃないよね?っていうニュースが届き、日本の皆さんは大丈夫かしら?と遠い国から思いを馳せている。

 

他国に比べ人口の割に死者が少ないとか感染者が少ないっていうのはまあよかったにせよ(もちろんなぜかということを科学的に突き止めることは必要として)、だからと言って対策がまとまってないというか一丸となってないというか。マスクも例えば「医療従事者や必要な人に使い捨ての高品質のマスクが行くように、普通の人は布マスクで十分なんです」「全員が感染していると仮定して行動する。他の人にうつさないためには布マスクで十分」「なので医療用マスクの買い占め厳禁」とかそういう、根拠のある説明をしてくれれば納得いくんでしょうけど、日本にいる家族と話した感じ、ほとんどの民はその政策に至った根拠を理解していないと思われる。私もよくわかりません。

 

東京近郊に住む友人宅の近くのドラッグストアでは、マスクが入荷しても一定の人間が早朝開店前に並んでいて全部買い占めていってしまうので、仕方なく布で手作りしているという。彼女は働きながら赤子を育てているので、とてもじゃないが開店前のドラッグストアに並ぶ元気はない。

 

別の友人は仕事で防塵マスクが必要なのだが、一般人による買い占めによって入荷しなくなったため、防塵用でないものや、古いものを使いまわしたりして、危険な状態で仕事をしている。

 

 

そういう悲しい話のせいで、落ち込んでしまっているのかもしれない。

 

本当に本当に本当に生死が関わる場面以外では、

「自分さえよければいい」

という態度を、やめられないだろうか。

自分の行動の後先を、他人の目を気にするのでは無く、他人の話を鵜呑みにするのでも無く、自分の倫理観と知識に照らし合わせて考え、行動を決定できないだろうか。

 

自分へのリマインダー。

 

ちなみに「本当に本当に本当に生死が関わる場面での倫理的道徳的生き方と生存率」に関しては、ウィーン生まれの著者のこちらの本が考えるきっかけになると思う。

 

夜と霧 新版

夜と霧 新版

 

 (以下に少し引用)

 

『収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらい回しにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争のなかで良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と』

ヴィクトール・E・フランクル. 夜と霧 新版

 

私は自分が非常時の時にいい人でいられる自信なんてないし、それが正しいか否かなど答えられない。だってアウシュヴィッツみたいな状況に置かれたことなんかない。

 

少なくとも私にとっては今は、「本当に本当に本当に生死が関わる場面」ではないということだ。だからウィルスが「本当に生死に関わる人」のことを考えて、そのように行動したい。

自宅待機17日目:医療崩壊目前、それでも相変わらずの日々、時々アイスクリーム

先日書いたような外出禁止令を守れないお調子者(特に好天時)のせいなのかどうかはわからないが、

30日の首相の会見では、隔離作戦の効果が思ったようには現れておらず、このままの調子で感染者が増えていくと、4月中にオーストリアでは医療崩壊が始まるらしい。

スーパーマーケットでのマスク着用が義務付けられ、外出禁止違反者の取り締まりをより強化するそうな。効果が早く現れることを祈るのみ。ほんとうに。

 

 

日本の友人から「先が見えなくて不安でしょう」とメッセージが来たが、私は相変わらず、今のところとても元気で、運動量が減って体重管理が大変なこと以外は、特に不満も不安もない。

会社からは時短勤務扱いで有給消化扱いで減量はされているが、とにかく生きていくに十分なお金をもらえているので(その分本来夏休みにしてもらえるはずだった期間は働くことになる)、経済的な不安が今のところないのは大きい。

夫はホームオフィスで働いているが、勤務している会社はコロナ不況の影響を受けないIT関係なので、毎日いつも通り普通に仕事している。

 

変わらず毎日、夫と一緒に1ヶ所ずつであるが片付けおよび大掃除をしている。

先日、全ての窓を掃除したら、あまりにも差し込む光が強くなり、中庭に面している窓は外から丸見え感が強まり、シャイで夜型な夫は掃除したことを少し後悔していた。

 

他にはドイツ語の勉強や、読書、ヨガやストレッチなどの運動、ちょっと手間のかかる料理なんかをしていると、あっという間に寝る時間である。

 

最近は大掃除で発掘した食材を使って色々作るのが楽しい。

昨年買ったまま使ってなかったもち米でおこわを炊いたり、高いマカダミアナッツをもったいぶって使わなかったら賞味期限が切れかけてたので、それでグラノーラを作ったり。春雨が出てきたので春巻きを作ったり。

お菓子を焼くのが趣味なのだが、慢性的に運動不足の今、大きなケーキや大量のクッキーは焼くのが怖いので(全部すぐ食べちゃうから)、最近は食後に一人分、アイスクリームを手作りして食べるのがささやかな楽しみである。昨日はこれまた頂き物で余っていた黒糖羊羹と、期限ギリギリのすりごまを使って、黒糖ごまアイスを作った。

アイスのいいところは、比較的砂糖が少なくても大丈夫なところと、大量には絶対に食べられないところ。これが焼き菓子だと、砂糖を減らすととんでもなくまずいものができる可能性があるので減らせないし、延々食べることができるので(私の場合)危険なのだ。冷え性の私はアイスは一人前が限界。

明日はこれまた最近発掘した、冷凍していたキャラメルクリームを使って、31のキャラメルリボンみたいなアイスを作るつもり。

 

どうせ祈ること(とルールを守り感染者数を増やさないこと)しかできないのなら、不安でいる時間は、自分をいいコンディションにいさせる努力に使う。近いうちに、良いコンディションの自分が誰かを助けることができる日が来ると思うので。私はそういう方針です。