死ぬまでにしたいいろんなこと

墺太利(おーすとりあ)滞在6年

それでも片付かない私はなんなのか

留学に来た当初は1年未満で帰る予定でした。

 

(縁あって奨学金が延長になったり、

奨学金終了後も働くことができる場所を見つけたので、

今はオーストリア永住希望です。

少なくとももう少し長くいたい。オーストリアの生活が気に入ったので)

 

そんなわけで、いつ帰ることになってもいいように、

また、私に何かあった場合の片付けが楽なように、

荷物は最低限にしようと心がけて生きています。

そもそも学生向けのフラットに住んでいるので、

物を置く場所はない。

 

なのに!なのになのに!

私は片付けができないのです・・・

 

というわけで、こちらの本を読んで、

今日からがんばります。

 

マンガで読む人生がときめく片づけの魔法

マンガで読む人生がときめく片づけの魔法

 

 オリジナルの方は日本で買って読んだんですけど、

実践したところ、

必要な物まで捨ててしまい後悔するということ経験しました。

「ときめかなくても必要な物があるじゃん!」と思って、

当初はこの本を恨んだりもしたのですが(笑)

あとから振り返ってみると、

ちゃんと「ときめき」を吟味していなかったり、

次に新しく「ときめくもの」を吟味して買えばよかっただけなのかも、

と思いました。

 

最初のチャレンジだから失敗しても当然ですし、

そこから学んだ今、私にはできる気がなんとなくしている・・・!

 

今回は時間をかけて、慎重に吟味しながらいきたいと思います。

 

ちなみにオーストリアの書店でもドイツ語版が買えます。

片付けが苦手で引越しのたびに大変なことになっているオーストリア人の友人にプレゼントする予定です(笑)

 

 

 

「絹さやの下処理」に思う、小さなカルチャーショック

日本語が習いたい、日本に興味がある、というオーストリア人は、

日本料理も好きな場合が多く、

タンデムパートナーの何人かと、自国の料理をお互いに作る、というのをときどき、楽しんでいます。

 

今日はタンデムパートナーが肉料理の付け合せに野菜炒めを作ってくれました。

日本で言うところの「絹さや」を入れようとしていたのですが、

なんと彼、すじをとらないのです。

 

私が「え、すじとらないの?」って聞いたら、

「そんなことするなんて聞いたこともない」というので、

試しにとってあげました。

 

実食後、

「いつもすじのところが必ず1個か2個、口に残ってイーっ、ってなってたのが、今日はなかった!今度からすじはとることにする!」

と大変喜んでいました。

 

彼だけが知らないのか、オーストリアの人はみんなすじとらないのか、

どっちかわかりませんが、もしみんなとらないのだとしたら、

日本の「子供がよくするお手伝いの定番」としての「絹さやのすじとり」が

わかってもらえないんだなー、と思いました。

 

ちなみに、こういう「ちょっとした常識の違い」で一番驚いたのは、

「はさみの渡し方」

 

日本だと小さい頃から、他の人にはさみを渡すときは刃のほうを握って渡す、と習いますよね。

あまりにも当然のように身に染み付いていたことだったので、

留学してすぐに同僚に「はさみ貸して〜」と頼んで、

「はい」と刃のほうをにゅっ、と突き出されたときに、

脳がそれを受け入れられなくて、フリーズしてしまったことがありました。

(それまでの生涯ではさみを刃のほうから渡されたことがなかったからだと思います)

 

私の脳ってあまりにも「常識」と思ってることが覆されると、

こういう反応をとるんだ!と興味深かったです。

 

こういうちょっとした違いってけっこうおもしろいです。

他の人や他の国・地域では、また違った経験があるのでしょうね。

どんなものがあるのか興味があります。

震災に関連する漫画

特に書くこともなくさぼってしまっていました。

 

最高気温が20℃近くなることもあって、散歩には行きやすくなったので、

運動不足は解消されそうです。

 

すっかり日本の情報を入れるのを怠っていましたが、

3.11 当日は何かしようと思い、こちらの本を買って読みました。

 

ナガサレール イエタテール

ナガサレール イエタテール

 

 多分、漫画に描いてある以上に大変だったのでしょうが、

作者さんの描き方で深刻になりすぎずに読めました。

私の父の実家が別の震災で被災したとき、80歳を越える祖母を東京に迎え入れた時のことを思い出しました。

彼女は大変フレキシブルで楽天家の性格で、

「早く帰りたい」などは私たちには一切言わなかったですが、

生まれ育った故郷を離れ、どんなにか心細かっただろうかと思います。

 

 

今日はこれだけ。

春が来ている

最高気温が10℃を超えるようになりました。

 

お気に入りのアイスクリーム屋が開きました。

ウィーンの人気のアイス屋は3月から10月までしか開いてないことが多いです。

夏はすごい忙しいけどはあとは全部バカンス・・・

いや、もしかしたらアルバイトとか他の季節労働をしているのかもしれないですが。

 

今日はこれだけ。

言語学習に対するオーストリア人の姿勢

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 週に1回〜2週に1回、英語のスピーチクラブに通っています。

 

 

 

オーストリア人が6割、私のような外国人で非英語ネイティブが3割、アメリカ出身など英語ネイティブが1割です。

 

その中で私の英語レベルは最底辺です・・・

これは卑下でもなんでもなく、事実です、悲しいことに。

 

英語の向上が目的ではなく、

スピーチの技術の向上が目的のクラブなので当たり前といえば当たり前なのですが。

 

私は強制的に人と会う機会を作らないと、

どんどん内にこもるし勉強もサボりがちなので、

知人のすすめでこのスピーチクラブに通い始めました。

 

他のメンバーが神々しいレベルに心が広くて優しいので、なんとか続いています。

 

昨日も、メンバーの一人がなんと日本語で話しかけてくれました

彼はオーストリア人ですが、ハワイに1年間いて、

ルームメイトが日系人だったのをきっかけに日本語に興味を持ち、

日本語教室にも1年通ったそう。

 

「もう20年前のことだからけっこう忘れちゃったけど、ひらがなは全部まだ覚えてるよ!」

とのこと。

 

いつも驚くのですが、ヨーロッパで、特に都会でそれなりの会社や地位で働いている人は、

母国語と英語以外にもう一つビジネスレベルに話せる言語があって、

さらに挨拶くらいできる言語があることが多いです。

 

例えばオーストリア人だと母国語のドイツ語に加え、英語、さらにスペイン語が流暢で、プラス興味がある他のヨーロッパやアジアの言葉で挨拶ができるとか。

 

日本より小さい頃から英語の授業があるし(幼稚園から)、

日本で言うところの中学からラテン語が必修であること(ラテン語ベースのヨーロッパ言語はとても多い)、

高校で必ず第2外国語を学ぶことなど(この高校の授業だけでペラペラな人もけっこう多い)、

教育システムの違いによるところが大きいのはもちろんですが、

精神的な面で、彼らは新しい言語に対するハードルが日本人のそれより低い気がします。

 

日本人は例えば英語を学ぶ時、

「どうせならビジネスレベルにならなきゃ」

「字幕なしで映画を見られるレベルにならなきゃ」

ってプレッシャーをかけちゃうことが多い気がしますが、

 

こちらの方々は

「話してみたい!」

っていう動機が多い気がします。

 

だから、中途半端でも、自分がハッピーなら、そこでやめちゃう。

日本人は突き詰めすぎなのかもしれませんね。

 

とはいえ私は仕事のために英語もドイツ語も精進しなきゃいけないので、悠長なことは言ってられませんが・・・

 

今、言語も含め壁にぶち当たり中なので、道を模索中です。

最近の読書記録

 

【1冊目】

帚木蓬生「閉鎖病棟

閉鎖病棟 (新潮文庫)

閉鎖病棟 (新潮文庫)

 

 なんだかおどろおどろしい名前だが、内容はそんなことはない。

 

福岡にある精神病院の入院患者のヒューマンドラマである。

彼らの中には重大な罪を犯したものもいる。

でも、善意の医療従事者や患者同士の助け合いで、

開放病棟とは言いながら閉鎖的な世界でも、幸せを見つけていく。

暗いエピソードもたくさん出てくるが、全体を通して優しい気持ちになれる小説だと思う。

 

作者は現役精神科医である。

理想は交えているかもしれないが、現実から遠く離れたことは書いていないだろう。

昨年の夏、日本では障害者施設で大変いたましい事件が起きたばかり。

この小説は、今、読むと事件に対する考えが広がると思う。

 

【2冊目】

 三浦しをん「ロマンス小説の七日間」

 ロマンス小説の翻訳者である主人公の女性の、締め切りまでの七日間をつづった恋愛小説。

恋人とのごたごたに悩む精神状態が、彼女の翻訳に影響を及ぼし、訳するどころかいらんエピソードを加えて話を改竄しちゃうなど、とんでもない行動をとめられなくなる。

さらっと読めて、とくに大きな感動もないが(失礼)、でもどんどん読めるし、読後感のさっぱりした良い本だった。

食べ物で例えるとシャーベットみたいなパンナコッタみたいな杏仁豆腐みたいな感じ。

 

読書がはかどってる時って、私にとっては仕事が滞っている時なので、

あまり良い兆候とは言えませんw

 

 

ちょっとうれしかったこと・タクシーの車内にて

 

普段はほとんどタクシーは利用しない私ですが、郊外に住む友人のおうちに遊びに行く時に、使います。そこは、最寄りの地下鉄駅から離れているので、タクシーが便利なのです。

 

 

 

ウィーンのタクシードライバーはほぼ全員が移民の出自の人たちです。

 

なので、ドイツ語でしか世間話はできないことが多いです。

(英語が話せる人もいます)

 

愛想やサービスは、その人の性格によりけりです。愛想のない人もいるし、フレンドリーな人にも会ったことがあります。

 

メーターをちょろまかすような人には私は会ったことはないです。

 

 

 

その日も私はタクシーに乗ったんですが、ちょっと疲れていたのもあって、

 

すぐに音楽プレーヤーをオンにしてイヤホンを耳に突っ込み

 

「話しかけないで・・・」モードになってしまいました。

 

 

 

しばらくすると、ドライバーのおじちゃんが何やら話しかけてきているのに気づきました。

 

イヤホンを外して「なあに?」と聞くと、窓の外を指さしながら

 

「あのレストランって日本の?それとも中国?」と。

 

 

私は看板とその店の雰囲気から

 

「日本料理って書いてあるけど、オーナーは韓国人だと思う」と言いました。

プルコギとか書いてあったので。ちなみにこちらの日本料理屋は、他のアジア諸国出身の方が経営されている場合が多いです。

 

 

おじちゃんは「ずっとあの看板がどういう意味なのか気になってたんだ!」というので、漢字の意味を教えてあげました。ちなみに「夢= Traum」という漢字が入ってました。

 

私が「いい意味の漢字だよ。素敵な名前だと思う」というと、「そうかそうか」と嬉しそうでした。

 

 

おじちゃんは私が外国人だからか、ゆっくり話してくれたので、せっかくだしドイツ語の練習に付き合ってもらうことにしました。笑。

 

 

「なんで私が日本人だと思ったの?」

 

「なんとなくだよ。昔TU(ウィーン工科大学)で勉強してた時に、日本人の友達がいてさ。彼は大阪出身だったんだ。君はどこから来たの?」

 

「私は東京だよ」

 

「ドイツ語大変でしょう!」

 

「うん、すごい大変〜」

 

 

 

という感じで会話を楽しみつつ、話の流れでおじちゃんの身の上話に。

 

おじちゃんはイラン出身で、30年以上ウィーンに住んでて、いろんな仕事をしたけど、今はタクシードライバーなんだとか。

 

「アジアからの観光客もたくさん乗せるけど、日本人はなんていうか・・・すごくgeöffnet(オープン)でいいよ。アジアの中では一番オープンだし、必ず英語かドイツ語で話しかけてくれる。コミュニケートしようという気持ちがあるんだ」

 

と言っていました。

私は本当?日本人はシャイでクローズドな民族だと思っていた。というと、そんなことない、と言ってくれました。

 

ずっと私は日本人はクローズドだな、と思っていたので、新しい見方を教えてもらった気分です。

 

降りる時に、料金が12ユーロだったので、チップも入れて13ユーロかな、と思い、10ユーロ札を2枚だすと、おつりの小銭がないから!と言って10ユーロ札しか受け取らないおじちゃん。それはダメでしょ!ってことで、さいふをひっくり返して小銭を集めたらやっと80セントに・・・

 

「どうしよう、これしかない、ごめんね」っていうと、

 

「十分だよ!俺、よくあそこの駅にいるからさ、また乗ってよ!」と言って、去って行きました。

 

降り際に「君の人生にたくさん幸運がありますように!」と言ってくれました。

 

 

 

私の先輩にあたる日本人の人たちが、世界中で素敵なふるまいをしてきたおかげで、日本人であるというだけで、親切にしてもらえることが本当にありがたい。私もそう思われる日本人でありたいと思いました。

 

 

 

あと、先ほど書いたように、こちらのドライバーは移民の出自の方が多いです。話しかけてくる人は大体、私のドイツ語を聞いて、ああ、苦労してるんだなあ、と自分も通った道を思い出すのか、

 

「ドイツ語難しいよねえ」「新聞読むといいよ!」とか、

 

励ましてくれたり、アドバイスしてくれたりすることが多いです。

 

 

 

言葉のことで落ち込むことが多かったので、かなり癒されました。

 

(移民や難民の問題について、また今度、書こうと思います)