死ぬまでにしたいいろんなこと

墺太利(おーすとりあ)滞在6年

ただの日記。素晴らしい寝覚めの日曜の朝。

新しい仕事を一応探している。

もし会社が倒産したら、とかクビになったら(それはおそらくない。一人でもクビにすると会社にコロナ補助金が出なくなるから)、というときのために。

そんな就職活動の中で、ふと気づいてしまった。

 

私はこの国ではドイツ語が完璧でもなければ学歴もない中年女だということに。

 

日本での学歴はほぼ役に立たない。あんなに苦労して博士号までとっても。

まあ研究畑に戻ろうとしたら一応役に立つのかもしれないが、研究者になることだけはもう絶対にない。それは私の欲望的にない。技術者ならいいけど。

 

で、これから体力がなくなっていったとして、どうなるんだろうと思う。

イベント会社では、いい感じにこき使われていて(いい意味でね)、最初入ったきっかけが単純労働だったので、体を使う仕事もすれば、通訳みたいな秘書みたいなこともできたのでやらされ、

小さなプロジェクトを任せてもらったりもしてたので、私の上司は私を、ただの単純労働者としては扱わずに色々やらせてくれていた実感はあった。

 

でもだから何になるんだろう。

 

積み上がっていっているものが何もない気がする。

やっぱりオーストリアでなにがしかの学校に行き、何がしかの資格を取らないとダメなのかもしれない。

(私がオーストリアでとった資格なんてフォークリフトぐらいであるw)

スモールビジネスで企業、とかをするにもいかんせん、語学力と知識が足りなすぎる。そして資格が足りなすぎる。

 

そしてそしてもっと恐ろしいことには、もし夫に何かがあったり何だりして、日本に帰ることを選択したとして、

 

私は学歴が高いだけで実績もない、ちょっと語学ができるだけの中年女だということだ。

 

そんなクソみたいな絶望にまみれて目を覚ました日曜日でした。おはようございます。

 

やりたいことはわかっていて、それにはお金がかかるから、それに近い職場で働いてお金を貯めて、少しずつでも前進している気になっていて、特に不満はなかった。

多分もう大逆転ホームランみたいなことは起きなくて、でも毎日そこそこ幸せで、こういう毎日をせめてキープしていこうと思っていた。

そうじゃなくなる可能性がバリバリあることに気づいてしまった朝でした。

 

いい機会だし学校に行って資格を取ることを考えてみようかな。勉強は嫌いじゃないし。

 

今日は義母のお宅でオリエンタル料理が趣味の義弟の作ったおいしいごはんを食べる予定。最近は寝坊がひどい夫ではなく、私の携帯にまず連絡が来る。