死ぬまでにしたいいろんなこと

墺太利(おーすとりあ)滞在6年

昔の話

高校生の頃、部活の練習の終わり。

グラウンドから引き上げようかとしていた時、仕事の車を脇にとめて、

練習をぼーっと見ているドライバーに気づいた。

35歳くらいの地味な感じの男性。

配送の途中で休憩でもしてるのかしら、と思った。

なんで仕事の車とわかったかというと、

同じ会社で父が働いていたから。

 

その男性は毎日、だいたい同じ時間に来て、10分くらいで仕事に戻っているみたいだった。

女子を見つめているとか、そういう気持ち悪い感じではなく、

まんべんなくどのスポーツも見て、

ときどき小さく応援したりしているのを見て、なんだかほんわかしたりした。

飛び出ていったボールを返すときに、必ず砂を払ってくれるのが微笑ましい人だった。

 

私が通う学校だけかもしれないが、当時は今ほどうるさくもなく、

一般人がグラウンド脇まで来て見物していても誰も何も言わないし、

そういう人向けにベンチがあるくらいだった。

他にも仕事の合間に来ているような男性もいたから違和感はなかった。

 

父に聞くと、

「そのルートなら多分、あいつかあいつかあいつだなー」とか言っていた。

「今度、それとなーく探りを入れてみるよ」とも。

 

ある日、ボールを戻してくれようとしていた彼に、話しかけてみた。

お仕事の休憩中ですか?スポーツお好きなんですか?と。

彼は、いえいえいえ・・・とかなんとか言いながら、顔の前で手を振って後ずさりしていってしまった。

私は上下長袖長ズボンのジャージの、たいして可愛くもない女子高生だったので、

よっぽど照れ屋の人なんだな、と思った。

 

だから、それ以降は話しかけず、たまに目があった時だけ、会釈するようにした。

彼も照れながら返してくれた。

そんなことが多分、数ヶ月続いた。春から夏にかけてのことだった。

 

秋になり、外での練習が肌寒くなりだした頃だった。

 

その日の夜、父は喪服を着て帰ってきた。

 

従業員の一人が亡くなって、通夜に参列してきたそうだ。

死因は?と聞くと、自殺だった、ひとりもんでな。と父が言った。

いいやつだった、無口だけど。誰も悩んでいることに気づかなかった、と。

 

その日以来、グラウンドの彼は、姿を現さなかった。

 

もしかしたら配送ルートが変わったのかもしれないし、

もっと給料のいい仕事に転職したのかもしれない。

その辺にも父は関わっている立場だったので、聞けばわかることだった。

 

でも、父が何も言わないのが答えであるような気がして、

結局、何も聞けないままだ。

 

今日、私が落とした手袋を、雪を払ってから手渡してくれた老紳士を見て、

思い出した。